オツボネサマの本当のこわさ

過去に病院で受付や診療介助のアルバイトしていたことがある。

さて病院というのはなにかと女性の集まる職場だ。わたしの勤めていた診療所も医師以外は全て女性、というどこの医院でもよくあるバランスだった。するとどうなるかというと、いわゆるオツボネサマというボス級の魔物が育ってしまうのである。

病院とは独自にルールを持つ国家のようなものだと誰かが言っていた。一般的と思われる社会の常識が医療の前では通用しないこともよくある。良くも悪くも閉鎖的で仕事は激務、更に女性ばかりの環境が揃うと吃驚するくらいの大物が誕生することもあるのだ。

その医院にはAさんという経験十年の先輩がいた。未経験でひょっこり現れたわたにとっては大先輩だ。わたしはこのAさんに会って初めてプレッシャーで記憶が飛ぶことも、胃がキリキリ痛むことも経験した。「わたしが仕事を覚えたときはね~」というのが口癖で、一人で作業をしていると必ず近づいてきて誰にも聞こえないように言葉の暴力を敢行するような方だったのだ。

まあ仕事を教えてもらっている立場なら仕方ない。わたしに出来るのはメモを取り一日も早く戦力になれるように励むことだった。しかしAさん、強い強い。お昼休憩のときにだって彼女は自分のプライベートを喋りたいだけ喋り、周囲を疲弊させた。更に恋人と上手くいっているときには自慢話を惜しげもなく披露し、関係が悪化すると他のスタッフがお昼を食べている横で涙ながらに電話を始める。勤務中に私事でクレーム電話をかけても、院内の洗濯機を私用で使っても、患者さんに失礼な態度で接していても、彼女は自分だけが正しいと信じて疑わなかった。そんな彼女を誰も咎められないという環境もそれを助長していた。

勿論、病院に勤める全ての人がAさんのようだとは思わない。優しい人は沢山いるし、協力し合って仲良く運営している医院もあるはずだ。Aさんだってきっと新人の頃にはもっと周囲を見回して勤務に当たっていたはずだ。口癖の「わたしが仕事を覚えたときはね~」も、当時勤めていた医院の人間関係がどんなに悪辣だったかを述べたものだった。そこで這い上がり身に着いたのは無敵の手腕と、周囲への当たりの厳しさだった。彼女がボス級の魔物に育ってしまったのにだって理由がきちんとあるのだ。

「女社会」と聞くとみんな怖々と、そして面白そうだという熱意を込めて注目する。ドロドロとした女の足の引っ張り合いをテレビを通して楽しめるうちはまだいい。現実は寂しいものだ。女性が魔物になってしまうにはそれなりの理由や環境がある。

そしてもし自分のうちにその兆候が見えてしまったら、と考えたとき初めて恐ろしさを体験することが出来る。

ちなみにAさんは事情により早々に退職してしまい、わたしは彼女と一緒に働けたのは二か月にも満たなかった。そんな短期間の出来事が何年も経った今でも強烈過ぎて忘れられない。今こうして記事を書いていると当時を思い出して胃が痛み、手先は冷えてくる始末だ。ああ本当に恐ろしい。